帝国の再編2:国民国家と新たな権威の台頭

西欧史

人類史は、根源的な不安と、それをコントロールしたいという飽くなき欲求の物語です。前回は、ルネサンス・大航海時代・宗教改革が、従来の神中心の「権威」を揺るがし、「人間中心の視点」という新たな価値観を確立したことを見ました。この大きな転換は、西欧の教会中心の秩序を根底から揺るがしました。

社会の新たなかたち「国民国家」の誕生

「主権」の誕生

封建社会において、国家の最高権力は、国王、諸侯、そしてカトリック教会といった複数の権力主体に分散し、その正当性の根拠はローマ・カトリック教会が持つ普遍的権威にありました。しかし、宗教改革によるカトリック教会の権威失墜は、権力の正当性も揺るがすことになります。

そこで登場したのが、国家の最高権力としての「主権」という概念です。哲学者ジャン・ボダンに代表される思想家たちは、主権を、国家がその内部で最高の決定権を持ち、外部からのいかなる干渉も受けない、絶対的かつ排他的な支配権として理論化しました。これにより、国王は、カトリック教会の権威に左右されることなく、その領域内での絶対的な支配権を確立できるようになります。ここに、絶対王政の基盤が築かれました。

「国民」の誕生

主権という概念の確立は、単なる統治体制の変化にとどまらず、後に「民衆」を「国民」へと変貌させる重要な前提となります。

絶対王政下で国家の権力が強まる一方、カトリックとプロテスタントの間で激しい宗教戦争が勃発し、ヨーロッパを混乱に陥れました。この戦いは、1648年の三十年戦争の終結により、ようやく幕を下ろします。この結果、各主権国家が相互に独立し、国内問題への相互不干渉を原則とするウェストファリア体制が確立され、現代の国際秩序の基礎が築かれました。

この体制は、国家の排他的支配領域を明確にし、国家は特定の地理的範囲内の住民すべてに、共通の法制度や徴税システムを適用するようになります。これにより、住民間の均質性が高まり、「この国家に属する」という共通の感覚が芽生える土壌が作られました。

しかし、「国民」というアイデンティティが本格的に育まれるのは、フランス革命(1789年)以降のことです。革命後の国民国家は、国王に仕える傭兵ではなく、自分の国家のために戦う市民からなる国民軍を整備しました。これにより、住民は国家への忠誠心や連帯感を醸成し、国家と運命を共にするという一体感を強めていきました。また、国家は「国語」を確立し、印刷技術の普及と学校制度の整備を通じて、人々が同じ歴史や文化を共有しているという意識を深めていきます。

こうして、民衆は単なる住民ではなく、自由と権利を持つと同時に、国家への義務と責任を負う「国民」としてのアイデンティティを獲得し、新たな時代の主役となったのです。

「国民国家」の誕生

ルネサンス以来の人間を神の似姿として尊重する「人間中心の視点」や、宗教改革による「個人の精神的自立」という考え方は、信仰の「自由」や神の下の「平等」といった概念を生み出し、やがて政治や社会の領域にも広がり、基本的人権思想へと結実しました。この思想は、主権が国王個人に属する絶対王政の理念とは相容れないものでした。

このような中、ロックルソーらが唱えた社会契約説が、国家の正当性(権威)は人民の合意に基づき、主権は国民全体に帰属するという画期的な人民主権の理念を提示しました。

これにより、主権はもはや国王個人に属するものではなく、国民全体に帰属すべきであるとする「国民国家」の理念が花開きます。そして、この人民主権の思想は、ブルボン王朝を打倒したフランス革命や、イギリスからの植民地支配を否定したアメリカ独立宣言といった市民革命を思想的に支える重要な根拠となりました。

絶対王政下の国家が「権威=神、権力=国王、民衆=臣民」という構造であったのに対し、国民国家は「権威=国民、権力=国民(国民の代表者)、民衆=国民」という新しい構造へと変化しました。アメリカ大統領リンカーンが述べた「人民の、人民による、人民のための政治」は、この国民国家の理念を簡潔に示しています。

国民に影響を与える「機能的権威」の台頭

ルネサンス、大航海時代、宗教改革という3つの大きな変革を経て生み出された「理性」「普遍性」「人間中心の視点」は、社会制度だけでなく、国家や個別の文化を超えた人類共通の権威を生み出します。それが「近代科学」「資本主義」「メディア」です。

近代科学:真理という新たな権威

ルネサンス期に培われた「人間中心の視点」、特に神が創造した世界は人間の理性と知性によって理解・探求できるという考え方は、世界を観察し、実験によって真理を解明しようとする理性的な姿勢を育む土壌となりました。コペルニクスの地動説やニュートンの万有引力の法則といった発見により、世界は客観的な法則で理解・予測できる機械的なシステムとして捉えられるようになります。これは、人類が物理的世界をコントロールする力を飛躍的に向上させ、「真理」という新たな権威を確立しました。

資本主義:利潤という新たな権威

宗教改革で培われたプロテスタンティズムの倫理は、営利を隣人愛の実践の証としたことで、営利追求に宗教的意義を与え、利潤の最大化に向け合理的な再投資を促しました。イギリスで勃発した産業革命は、蒸気機関と製造用機械の登場により、大量生産・大量消費の時代をもたらし、利潤の最大化を至上命題とする資本主義を確立しました。市場という見えざる手によって経済全体をコントロールしようとする、極めて抽象的なソフトウェアが確立され、利潤そのものが経済的成功を正当化する新たな「権威」となりました。

メディアの台頭

国民が主権者となると、彼らの意見や意思が国家運営に直接影響を及ぼすようになります。この変化の中で、国民の意思形成、すなわち世論形成の主要なツールであるメディア(特に新聞など)が強大な影響力を持つようになり、国家の政策や国民の行動を左右する重要な「権威」として振る舞い始めます。

国民国家における新たな権威の構造

国民国家の理念と実態は、以下のように整理できます。

理念実態
権威国民近代科学・資本主義(利潤)・メディア
権力国民国民の代表者
民衆国民国民

こうして、西欧社会は、主権国家という新たな統治システムと、国民という共通のアイデンティティを獲得し、さらに近代科学、資本主義、メディアといった多元的で機能的な権威を内包する形で、人類のコントロール欲求を地球規模へと加速させていきました。

次回は、これらの要素が結びついた結果、いかにして帝国主義という新たな膨張運動が始まり、二度の世界大戦という悲劇的な結末を迎えたのかを探っていきます。どうぞお楽しみに!

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