冷戦の終結は、アメリカ主導の「単極世界」を生み出しました。この世界では、主権国家を単位とする国際秩序が基本でしたが、西欧諸国はこれと異なる動きを見せます。二度の世界大戦と植民地の喪失で影響力を低下させた西欧は、東のソ連という強大な脅威に対峙する地政学的現実から、アメリカへの過度な依存から脱却し、独自の「コントロール」を確立する必要に迫られました。その答えが、主権国家の壁を越えた壮大な実験「ヨーロッパ統合」でした。
EU統合までの道のり
第一次統合:ECSCからEECへ
ヨーロッパ統合の出発点は、意外にも石炭と鉄鋼でした。
フランスとドイツはともに西欧を代表する大国同士ですが、互いに犬猿の仲と言えるほど仲が悪く、古くはナポレオンによるドイツ地域の再編と神聖ローマ帝国の解体に始まり、ドイツ帝国誕生時の普仏戦争、そして第一次・第二次世界大戦でも互いに火花を散らして戦いました。この仏独という二大国の敵対関係が西欧に戦禍をもたらし続けたという過去があります。
しかし、戦争による両国の疲弊に加え、西欧全体の衰退、アメリカの台頭、そしてソ連の脅威を前に、仏独両国が仲違いしている場合ではないことを悟ります。
そのような中、1950年、フランスのロベール・シューマン外相が提唱した「シューマン宣言」は、二度の大戦の原因となったフランスとドイツの長年の確執を乗り越える画期的なものでした。
この宣言に基づき、1952年にヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)が設立されました。これは、両国の軍事力の源泉となる石炭・鉄鋼資源を共同管理することで、二度と戦争を起こさせないという強い決意の表れでした。これは、西欧諸国が軍事的・経済的な「コントロール」を、個別の主権国家から超国家的な機関へと移譲する、人類史上初の試みだったと言えます。
ECSCの成功は、さらなる統合へとつながりました。1957年、ローマ条約が締結され、経済全体と原子力へと共同管理の範囲を広げたヨーロッパ経済共同体(EEC)とヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)が設立されます。特にEECは、加盟国間の関税を撤廃し、ヒト・モノ・カネ・サービスの自由な移動を保障する共通市場の形成を目指しました。これにより、西欧は経済的な結びつきを強固にし、アメリカへの経済的依存を減らし、ソ連の経済圏に対抗できる独自の経済基盤を確立していきました。
第二次統合:ECからEUへ
EECはその後、政治分野での統合も視野に入れ、1967年にECSCとEURATOMと統合してヨーロッパ共同体(EC)へと発展します。これにより、バラバラだった西欧諸国は、経済はもとより政治分野でも統合を進めることで、国際社会における存在感を高めていきました。
そして、冷戦終結後の1993年、ECはさらに強化されヨーロッパ連合(EU)が誕生します。EUは、経済・政治に加え、共通外交・安全保障政策・通貨統合(ユーロ導入)を進め、加盟国の主権の一部を統合する、より踏み込んだ「コントロール」を目指しました。
冷戦終結後は、旧ソ連圏だった東欧の国々もEUへの加盟が進み、中世以来異なる文化を築いてきたカトリック圏と正教圏の国々が統合するという、歴史的な試みとなりました。これは、かつての「権威」であった宗教的区分をも超えて、新たな「権力」と「国民」(ここでは加盟国の住民)の統合を図ろうとする、人類の「コントロール欲求」の新たな具現化と言えるでしょう。
年代 | 名称 | 概要 | 備考 |
1952年 | ECSC (ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体) | 仏独の石炭・鉄鋼を共同管理し、戦争を防止。 | 統合の出発点(超国家的な権限の移譲)。 |
1957年 | EEC (ヨーロッパ経済共同体) | 共通市場の形成、経済統合の本格化。 | EURATOM(原子力共同体)も同時に設立。 |
1967年 | EC (ヨーロッパ共同体) | ECSC、EEC、EURATOMを統合。政治分野の協力も視野に。 | 組織の統一と統合の深化。 |
1993年 | EU (ヨーロッパ連合) | ECから発展。共通外交・安全保障政策、通貨統合(ユーロ)の導入決定。 | マーストリヒト条約発効。現在の形となる。 |
現在のEU
日本の外務省HPによると、現在の欧州連合(EU)は、マーストリヒト条約(欧州連合条約)に基づき、経済通貨同盟、共通外交・安全保障政策、警察・刑事司法協力など、幅広い分野での協力を進めている政治・経済統合体です。
特に経済・通貨同盟においては、加盟国が国家主権の一部を委譲しています。これにより、域外に対して統一的な通商政策を実施し、世界最大の単一市場を形成しているのが最大の特徴です。その他の協力分野においても、加盟国の権限を前提としつつも、最大限EUとしての共通の立場を取ることで、政治的に「一つの声」として発言する力を有しています。
2025年9月現在、EUの加盟国は27か国に上ります。この加盟国のうち、単一通貨であるユーロを導入し、金融政策を欧州中央銀行(ECB)に委ねている国々で構成される経済圏はユーロ圏と呼ばれ、その国数は20か国に及んでいます。
EUが直面する現代の課題
しかし、EU統合は順風満帆ではありません。それは、グローバル化の進展と、各加盟国が抱える固有の事情が複雑に絡み合った結果、多くの課題が表面化したからです。
ブレグジット:民主主義と主権の葛藤
EUが直面した最も大きな試練の一つが、イギリスのEU離脱(ブレグジット)でした。イギリス国内では、EUのルールや規制が自国の主権を損なっているという不満が根強くありました。移民の流入による国内労働市場への影響や、共通外交・安全保障政策への不参加など、イギリスはEU統合のメリットとデメリットの間で常に揺れ動いていました。
2016年の国民投票で離脱派が勝利したことは、経済的合理性よりも、自国の主権と民主主義を重視する声がEUの「コントロール」を拒否したことを示しています。これは、EUという超国家的な「権力」が、既存の主権(権力)・国民(民衆)という枠組みとどのように共存していくかという、根本的な問いを投げかける結果となりました。
ウクライナ侵攻:安全保障と結束の試練
2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、EUの結束と安全保障政策に大きな試練を与えました。ウクライナがEU加盟を目指していた経緯もあり、ロシアの軍事行動はEUの拡大路線に対する明確な挑戦と言えます。
ロシアにとって、ウクライナはベラルーシとともにキエフ・ルーシを共通の起源とする東スラヴ人の国家であり、ロシアを「兄」ウクライナを「弟」と見なす歴史観が存在します(当然ながらウクライナ側はその見方を拒否しています)。そのウクライナが、西欧のカトリック文明圏、すなわちEUの政治・経済圏に加盟するということは、ロシアにとって安全保障上の脅威になるのはもちろん、ロシアのアイデンティティそのものを揺るがす一大事だったのです。
この危機に対し、EUは一致してロシアへの厳しい経済制裁を発動し、ウクライナへの財政的・軍事的支援を強化しました。これは、EUが単なる経済共同体ではなく、政治的・軍事的な「権力」として機能し始めたことを示しています。しかし、エネルギー分野でのロシアへの依存度が高い国があるなど、足並みが完全に揃わない側面もありました。ウクライナ危機は、EUが統一された外交・安全保障政策を真に確立できるかどうかの、試金石となっています。
経済格差と難民問題:内部の分断
EU内には、依然として経済格差が存在します。ドイツやフランスといった西欧の先進国と、東欧の新興国との間には、経済力や社会保障制度に大きな開きがあります。この格差は、労働者の移動を活発にする一方で、賃金低下や社会保障制度の維持といった問題を各加盟国に引き起こしています。
また、中東やアフリカからの難民問題も、EUの結束を揺るがす深刻な課題です。難民の受け入れをめぐって、加盟国間で意見が対立し、国境管理の強化や加盟国間の責任分担など、統一的な対応が困難な状況が続いています。
統合は道半ば
EUは、かつての「権威」であった宗教的・文化的対立や、ナショナリズムの壁を越え、平和と経済的繁栄を実現しようとする壮大な「コントロール」の試みです。しかし、ブレグジットに見られるような主権国家のアイデンティティの根強さや、ウクライナ侵攻が突きつける地政学的な現実、そして内部の経済格差や難民問題は、その統合が依然として道半ばであることを示しています。
現代の西欧は、国際社会全体に対する影響力こそ低下したものの、EUという新たな「権力」の形を模索することで、人類の「コントロール欲求」の新たな具現化を試みています。EUの未来は、「多様性の中の統一」という理念を、いかに現実の課題の中で実現していくかにかかっています。