人類の歴史は、根源的な欲求である「不安」をコントロールしようとする試みの連続でした。
本ブログでは、ギリシャの理性とローマの普遍性、そしてルネサンス以降の人間中心主義が合わさり、西欧において世界を自らの手でコントロールしたいという欲求が誕生したことを解説してきました。しかし、この欲求が19世紀末から20世紀初頭にかけて帝国主義として肥大化し、二度にわたる世界大戦という破滅的な結果を招きました。
この経験から人類は、「破滅的な戦争を回避するための国際秩序をいかに構築するか」という、新たな不安とコントロール欲求に駆られます。そして、その答えが、第二次世界大戦後にアメリカが主導して構築した新たな国際秩序でした。それは、支配と被支配を基盤とした帝国主義時代とは根本的に異なり、「ルール」と「協調」を土台とするものでした。
アメリカ主導の戦後国際秩序
二つの世界大戦で荒廃した西欧諸国に代わり、政治・経済の両面で圧倒的な影響力を獲得したアメリカは、「主権国家」と「資本主義」という西欧発の概念を世界中に広めることで、新たな秩序を築きました。
国際社会の構造:支配から協調へ
戦前の国際社会は、少数の宗主国が広大な植民地を武力で支配する二層構造でした。しかし、第二次世界大戦後、民族自決の原則が国際的な共通認識となり、多くのアジア・アフリカの植民地が独立を達成しました。これにより、世界のほぼすべての地域が主権国家で構成されるようになり、すべての国が理論上は対等な立場で協調する、新しい国際社会が形成されました。
政治の枠組み:国際連盟から国際連合へ
第一次世界大戦後、平和維持のために設立された国際連盟は、アメリカが不参加であったことや、大国の利害衝突を調整する強制力を持たなかったため、機能不全に陥りました。この反省から、戦後、より実効性の高い国際連合(国連)が設立されました。
国連は国際紛争を平和的に解決し、主権国家間の協調を促すための機関です。国連総会では一国一票の平等を原則としながらも、安全保障理事会に実質的な執行権を与えました。安保理の5つの常任理事国に与えられた拒否権は、大国間の協調なくして世界平和は実現しないという現実的な考えに基づくものでしたが、実際には大国が自国の権力を国際的な意思決定に反映させるための道具として用いられることになります。
経済の枠組み:ブロック経済からグローバル市場へ
戦前の世界経済は、1929年の世界恐慌の際に各国が保護主義に走り、排他的なブロック経済を形成したことで、対立が深まり、二度目の大戦の一因となりました。
この教訓から、戦後のアメリカはブレトン・ウッズ体制を構築しました。この体制は、アメリカドルを基軸通貨とし、国際通貨基金(IMF)や国際復興開発銀行(IBRD、通称世界銀行)といった国際的な調整機関を設立。IMFは為替相場を安定させ、世界銀行は戦後復興と途上国開発を支援しました。さらに、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)が締結され、自由貿易の原則が確立されました。これにより、資本主義という経済システムが国境を越えた活動を活発化させ、世界を一つの市場へと統合する動きが加速しました。
項目 | 戦前の世界(帝国主義時代) | 戦後の世界(アメリカ主導の国際秩序) |
国際社会の構造 | 宗主国と植民地からなる二層構造。少数の大国が世界を支配。 | 主権国家を基本単位とする協調的な構造。民族自決の原則が確立し、植民地が独立。 |
政治の枠組み | 国際連盟:強制力がなく、アメリカも不参加であったため、大国の対立を抑止できなかった。 | 国際連合:安全保障理事会に執行権を持たせ、大国の拒否権という現実的な仕組みを導入。 |
経済の枠組み | ブロック経済:世界恐慌を機に各国が保護貿易に走り、世界経済が分断された。 | グローバル市場:ブレトン・ウッズ体制(IMF、世界銀行、GATT)により自由貿易と安定した為替相場が推進された。 |
主導権 | 大英帝国やフランスなど、複数の西欧諸国。 | 政治・経済両面で圧倒的な力を有するアメリカ合衆国。 |
コントロール同士の衝突:米ソ冷戦の勃発
アメリカ主導の秩序が成立した直後、新たな対立構造が顕在化しました。それは、資本主義という「権威」を奉じるアメリカと、共産主義という「権威」を標榜するソビエト連邦(ソ連)との間の、政治的・経済的・イデオロギー的な対立、すなわち冷戦でした。
マルクス主義に基づき国家が「民衆」を徹底的に「コントロール」する体制を築いたソ連は、第二次世界大戦にてドイツを破ったという実績をもとに発言力を増し、東欧やアジア、アフリカで社会主義国家を誕生させ、超大国として君臨することになります。これに対し、アメリカは自由民主主義と市場経済を普遍的な価値として擁護し、ソ連の拡大を防ぐための封じ込め政策を打ち出しました。
トルーマン・ドクトリンによる共産主義封じ込め政策や、西ヨーロッパの経済復興を支援したマーシャル・プランは、ソ連の勢力に対抗するためのものでした。冷戦は単なる二国間の対立ではなく、「資本主義」と「共産主義」という二つの異なる理念が、それぞれ自らの「コントロール欲求」に基づき、世界を自らの理念の下に統合しようとした壮大なイデオロギー対決でした。
これにより、世界はアメリカを中心とする西側陣営と、ソ連を中心とする東側陣営に分かれ、互いに軍事同盟(NATOとワルシャワ条約機構)を形成し、半世紀近くにわたる緊張状態へと突入しました。
アメリカを中心とする西側陣営 | ソ連を中心とする東側陣営 | |
権威 | 資本主義・近代科学・メディア | 共産主義(実態はスターリン主義) |
国家体制(権力・民衆) | 民衆の意思に基づき、権力が憲法で制限される体制 | 共産党という権力が、民衆を権威のもとで統制する体制(スターリン独裁) |
政策 | 封じ込め政策(トルーマン・ドクトリン) 経済支援(マーシャル・プラン) | コミンフォルム(共産党情報局) 経済相互援助会議(コメコン) |
軍事同盟 | NATO(北大西洋条約機構) | ワルシャワ条約機構 |
世界観 | 自由と個人の権利を重んじ、国際協調による秩序を志向 | プロレタリアート独裁による革命と、国家による民衆の統制 |
まとめ
人類は破滅的な戦争を回避するための秩序を構築したはずでした。しかし、その秩序は、新たな「コントロール」の衝突を生み出し、世界を新たな分断の時代へと導いていったのです。次回は、この冷戦がどのようなかたちで終結したのか、そしていよいよ現在の国際社会を見ていきます。お楽しみに!